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ブログが凍りついていますね。そんな時はやはりぼくでしょう。佐原です。改めまして、佐原裕貴です。今回キャストと道具を担当させていただきました。ご来場いただきました、また我々を支えて頂きました全てのみなさまへ、ありがとうございました。無事、公演終了いたしました。


ぼくにとって、生まれて初めての客演でした。実はさりげなく隠していたのですが、ぼく一人だけ、早稲田生なんです。で、薄平と高校の同級生で芝居やってたから呼ばれただけであるというね。初めてみんなと会った日は、自分でも引くくらい誰ともコミュニケーションがとれず、本当に自分は演劇人なのだろうかと疑問に思ったほどでした。まぁ、自分も「早稲田VS明治じゃボケコラァ!」とか思っていた節もありましたが。そんで数の理論であっさり明治に飲まれましたが。最初は源ちゃんと名護ちゃんと金原と順あたりに頼っていた気がするなぁ。ほら、ぼく「変な意地」を張るじゃないですか。薄平には絶対頼りたくなかったんですよ。とかね。
でもまぁ各々どんなきっかけがあったかは思い出せませんが、気がついたらみんなと仲良くなれていました。僕の通っていた高校みたいな場所なんですよ、この集団って。


同じ芝居をやっていても明治の常識、早稲田の常識ってやっぱりあって、そういうものの比較も面白いなと思いました。まぁ、自分が早稲田でやっていた場所というのも相当特殊な場所でやっていたのですが。


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そんなこんなで今回の舞台です。全然分かんない感じの写真でごめんなさい。村田あたりがちゃんと撮ってたのをもらい忘れました。
ぼくはもともと素舞台が大好きで、さらに薄平からイメージをもらい、やっぱり東京メトロのデザインは秀逸だろうということで自分の中で即採用になったものでした。本当はね、線路の上にいろんな方向の矢印をかいてAl-waysも!!と思ったのですが、線路の上を歩くという演出上変な意味合いが出てしまうのとのことでNGでした。まぁちと悔しかったな。

生まれて初めての客演で生まれて初めて舞台美術をやらせていただきました。裏話をすると、実は薄平からちゃんとオファーはもらっておりませんでした。このブログのMEMBER紹介の自分のやつを見たら、役職の所に「キャスト・道具」って書いてあったという・・・。超びっくりでしたがやらせていただけるのであればと調子こいてやりました。おかげでスタッフのみんなとも余すところなく仲良くさせていただきました。ところがこれがいろいろ大変でね・・・まずアートスタジオという小屋の使いにくさ。そして予算の少なさ。おまけに自分の不慣れさ。照明の山本氏やら金原やら、相当助けられました。ありがとうね。こっちはこっちで楽しかったぜ。


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順番がかなり意味不な感じですが打ち上げの時のサプライズです。楽日付近に誕生日だった人間がこの座組みに3人もいたということですね。めぐみ・ゆうき・こだま。栗又さんと、ぼくと、永平さんです。打ち上げ中のべろべろな状態で頂いてしまったのですが、シラフでもらっていたら泣いていた自信があります。うれしくて、ありがたくて。人生で一番幸せな誕生日を送らせていただきました。




いろいろと思うところのある芝居でした。内容を超越して、とりあえず自分の節目になる芝居であることは間違いなかったから。この団体の4年分を、勝手に想像しながら噛み締めていました。そうすると、出てくるのはまず後悔。何故もっと早くこの団体に参加しなかったのか。ぼくはぼくで芝居をやっていたわけだけれど、このメンツでもっとやってみたかった。この半年を、自分の大学生活の象徴として生きていこうとか思いました。
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最後に、ぼくの芝居生活の原点である感じのメンツの写真。高校の演劇部のメンツです。あの頃にあった勢いが今はもうないかもしれないけど、US-PRみたいなメンバーに出逢うたびに思い出せたらいいなと思っています。薄平がいなければぼくはUS-PRには参加できていないし、大学で芝居をやっていたかもわからん。

みんな、ありがとう。そんで最後は、お前に、ありがとうだな。それじゃあ、本当に楽しかったぜ。また芝居をやることがあれば、いつでも呼んでくれい。

佐原裕貴
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by us-produce | 2012-02-16 22:32 | お別れのあいさつ